深海航行記

海流の行き着く先

『Fate Stay Night Heaven's Feel Ⅱ lost butterfly』感想 実像としてのふたつの内面

Fate Stay Night Heaven's Feel Ⅱ Lost butterfly(以下、HFⅡ) を見てきた。最高。感想を書く。

 黒い影に侵されゆく世界。士郎が願った「正義」の行方とは。

 緻密な背景描写と、不穏さと緊迫感を孕んだサウンド。そして、それらに支えられた圧巻の戦闘シーン。相変わらず高品質な映像作品として仕立て上げられている。

「正義」の在処

物語上重要な点として、士郎の「正義」の在処がある。切嗣から士郎へと受け継がれた「正義」は、今作において究極の問いを士郎に突き付けた。すなわち、「世界を救うか、それとも、桜を救うか」、と。「桜だけの正義の味方になる」という士郎の選択は、前作までで語られてきた「正義」から大きな転換を見せた。世界より、愛する人を選択する姿は、ときとして美しくも聞こえる。しかし、fateシリーズに限っては、彼の願いに対する「裏切り」は私たちに捻じれた感情と行く末の不穏さを感じさせる。

このあたりは、過去シリーズにおいて、繰り返し士郎の選択を描き出してきたからこそであり、「fate」のノベルゲームとしての重層的な性格と、全ルートを高い完成度でのアニメ化を可能としてきたコンテンツの強さを示していると言えよう。
私たちが士郎の選択を知るとき、冒頭で描かれた冬木市の風景は、失われゆく日常として切実に訴えかけてくる。冬の日。道を行き交い、電車に乗り通勤、通学していく人々。彼らの明日は、士郎の正義の転換によって黒い影に塗り潰されゆく。この演出の妙には、感服するよりほかはない。

二面性という実像

HF、特に本作において顕著であるが、他の2つのルートに比して登場人物たちの昏く、捻じれた内面が前景に表れている。他のルートの登場人物たちの選択は、「正しさ」であった。しかし、本作において正しさは後景に退き、登場人物たちは、ときとして利己的で、ときとして暗い重みのある愛を選択し、物語を駆動させていた。それはある意味極めて人間的で、誰しも少なからず向き合い難い共感を覚えることだろう。

こうした、人間的な選択は、世界よりも、桜を選択する士郎に代表されるが、とりわけ、桜の凛に対する内面描写は、危うい魅力を多分に孕み、私たちを引き付ける。桜にとって凛は、一方では「大事な人」であり、大切なものをもらった「お姉さん」1である。朝ご飯を共に作るシーンは微笑ましく、彼女にとっても幸せなひと時であっただろう。他方、士郎と仲良くする凛は桜を嫉妬に狂わせる存在として立ち現れる。教室で士郎を助けに入る凛、土蔵で士郎の過去を語る凛。そのいずれも桜にとって耐えがたい、「奪うもの」の表象である。桜は、士郎を凛から奪われないために、士郎を「穢し」、自らのもとに奪い取った。ここには、ただただ純真な思いで士郎を思うだけの少女の姿は存在しない。
桜の凛への感情に思いを馳せることは、彼女が対極する感情をその内面に秘め、そのいずれもが、彼女の行動原理として成立することをありありと表現している。

そして、まさに凛への相反する感情は、内に黒い影という闇を秘める桜その人を、より克明に描き出す。普段士郎に見せる純真で薄幸な桜と、誰よりも暗く深淵なる闇を抱えた桜。どちらかが正しい桜でどちらかが誤った桜なのではない。その両者が桜の実像として彼女の中に共存しているのである。
本作のラストにおいて、暗黒面を覚醒させた桜。強い愛憎の矛先を向ける凛との関係も改めて問われることとなるのだろう。

英雄たちの攻防

最後に、やはり戦闘シーンへの言及は避けては通れない。セイバーとバーサーカーのアインツベルン城での戦いは、圧巻の一言だった。黒い影に使役される騎士王と、狂気に身を堕とす英雄。互いの持つ破壊と殺戮の力を総動員し、相手の破滅のみを追求する争いは、これまでのfateにでも類をみない描写だ。

また、アーチャーによる黒い影からの防衛戦も圧倒的な迫力を誇る。深手を負いつつも、凛たちを守るためにアイアスを展開するアーチャーの姿は、ただただ格好良く、見惚れるばかりだった。花弁が展開する姿を士郎の目がはっきり捉えるのは、次章への伏線だろうか。

圧倒的な映像美と、暗く、グロテスクな感情の渦を目の当たりにしたひと時。物語的には続きが気になるタイミングで終わっていたが、非常に満足して帰路に就くことができた。


  1. 作中の桜の台詞「大事な人から大事なものをもらったのは、これで二度目です。」より。一度目は凛のリボンだと解釈した。ただ、そう考えると物語上、桜が衛宮家を去るときに一緒にリボンを置いていくような気もするので、別の解釈もあり得るかも。